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Selfishly

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Mine ~無料配布小冊子~


~  Mine ~

             関西スパコミ無料配布小冊子




 東方査察と言う名目で、馴染みの老将軍…(今は大総統)が、
遊びにやってきた。

「お久しぶりです。 ご健勝のご様子、お喜び申し上げます」
 物々しい警戒態勢を解いた指令室内で、
ロイは親しみを込めて挨拶をする。

「ああ、いいの、いいの。 そんなに堅苦しくしなくても。 
 気晴らしに寄ってみただけなんだから」

 相変わらず気さくな老将軍(もとい、大総統)は、
目の前で手の平をパタパタと振りながら、
好々爺の表情でロイに挨拶を返す。

「はっ。 では、失礼致します」
 大総統の向かいに腰掛けながら、ロイも表情を緩める。
 馴染みの元上司とは言え、今はれっきとした大総統の地位にある者に、
緊張するなと言われても、無理な話だろう。

「やっぱり、こちらはいいねー。 
古巣を懐かしく感じるのは、歳いった証拠だろうね」
 ほのぼのした様子で寛ぐ大総統に、ロイはふと心配げな様子を浮かべる。
「あちらで、何か御座いましたか?」
「いやぁ、別にこれと言ったことはないよ。 
将軍達が煩いのは、今に始まった事でもないし、
バタバタと気忙しいのも、まぁ、慣れとるしね。 
 が、なかなか皆忙しいから、チェスの相手をしてくれる者がいないのが、
少々、寂しいくらいで」
 東方の司令官として、長く在籍し、引退まではこの地を離れる事は、
もう無いだろうと思っていた彼にとっては、新しい環境での任務は、
なかなか大変な事だろう。
 ロイは、将軍の心を慮って、「お察しします」と控えめに答えて、
頭を下げた。

 ロイが軍を不在にした1年間にも渡る期間。 
この老将軍が、他の渋る上層部を押さえ、黙らせてくれたからこそ、
ロイはさしたお咎めも無く、現場復帰が叶ったわけだ。 
 老将軍は、対したことはしていないとは言ってくれるが、
軍の上層部に身を置いているロイには、
その難しさは身にしみて解っている。
 自己顕示欲が強く、保身にも長け、狡猾で、自分の地位、
名誉を上げるのに躍起になって、好敵のミスを虎視眈々と狙っている輩。
そんな人間達を相手に、自分と人をまで守ることが出来たのは、
今でこそ好々爺然とはしているが、若い頃からの生え抜きで闘ってきた
彼だからこそ出来た事だろう。
 その間の、彼の苦労と心労を思えば、自然と頭が下がる思いになる。
 そして、必ずロイが戻ってくると信じてくれた想いにも…。

「しかし、今回はまたいきなり、どうかなされたのですか?」
 昔から、神出鬼没な人ではあったが、さすがに今の地位になれば、
そうそう抜け出すのは簡単ではないだろう。 
しかも、お膝元ではなく東方までとは。
「いやぁなにね、電話でも良かったんじゃが、
このついでに孫達の顔も見て行けると思って、
足を運んだわけ」

 歳を感じさせない悪餓鬼の顔で、茶目っ気たっぷりの笑い顔を
見せられれば、ロイもつられて笑うしかない。
『この方は、変わらないない…』 
例え、大総統となって、権力を欲しいままに使える立場になっても、
無欲でいられる彼の人柄と人徳は、ロイの尊敬の念に値する。

「中将のクラナッハ君は、君も勿論知っているだろ?」
 思いがけない人物の名前に、ロイも怪訝には思いながらも頷く。
穏健派の中将は、この老将軍とはまた違う意味でなかなかの好人者だ。  利権を貪る人間が徘徊する軍の中でも、常識を持った人物で、
若い頃から辺境地等を回されながらも、着実に地位を登りつめてきた、
 言わば現役の叩き上げの見本例のような人物だ。
 部下からの信頼も厚く、そして、若い頃に築きき上げてきた人脈には、
 ロイも色々と助けてもらってもいる。

「彼が、何か?」
 そんな人物が大総統が動くような事には、関与してはいないとは思うが、
 人とは哀しいかな変わって行く事もある生き物だ。
「いや、彼は変わらず、いつもの通りじゃ」
 ロイの懸念を和らげるように、答えられた言葉に、内心ホッとする。
「彼じゃなくて、彼の娘」
 器用に片目を閉じて、答える大総統の様子に、
 話したいことを察したロイが、大袈裟にため息を付く。

「彼には、5人ほど子供がおるがな、その末娘が今年17歳になる。
 遅くして恵まれた子供じゃから、彼も目に入れても痛くない程の
 可愛がりようでな。 
 わしも何度も会った事もあるが、これが彼に似ず可愛い子でなぁ。
 奥方の若い頃にそっくりだそうじゃ」
 大総統の言葉に、何度か式典で顔を合わせた婦人の顔を思い浮かべる。
 歳を感じさせない可愛い顔をした、朗らかな奥方だった。
 なるほど、あの奥方の若かりし頃なら、確かに可愛いだろう。
 が、それがロイにとって、どれ程の意味も無い事ではあるが。
 
「で、今すぐと言うわけではないんじゃが、彼も老齢でも在るし、
 娘の行く末を預けれる若者を探しておってな。
 そこで、白羽の矢がたったわけじゃ。
 聞けば、その娘さんも、密かに憧れておったと言うんじゃよ。
 なら、まぁ口利き位はしてやってもいいかなとな」
 ほっほっほっと笑い声を上げる様子は、
 世話焼き面目躍如の喜びを前面に押し出している。

 ロイは内心のげんなりとした気持ちを、押し込める…のは無理だったので、 少しだけ表情に浮かべて、呆れたようにため息を付く。
 この大総統の美点として、面倒見がよく、世話好きな点があるが
 それは、ややもすれば少々厄介な点でもある。
 ロイは、部下の時代から、やたらと持ち込まれる話に、
 ほとほと振り回された経験があるだけに、
 思わずといったように暗澹たる感情を浮かべるのだが。
 以前は唯の上司だったからまだしも、今は相手は大総統なのだ。
 早々に断る事も難しくなる。
 断ることの出来る必殺技は、現在のところ使えない。
 話して理解してもらえない相手とは思わないが、
 話すにもロイだけの考えではなく、自分の相手にも意見を
 伺う必要もある事だし…。

 取りあえずは、穏便に、常套句の断り文句を伝える事にして、
「お心使いは痛み入りますが、若輩の身で、過ぎたるお話は…」
 と、立て板に水のごとく語りだしたところ、
「君…、もうその言葉は何回も聞いとるよ。 
 毎回、聞いてると新鮮味もうせるのぉ」
 と、方耳をほじりながら、つまらなそうに返してくる。
 ぐっと詰まりながら、別の断り文句を頭に浮かべてみる。
 思案しているロイの様子を、面白そうに眺めながら、
 にやにやと笑いを浮かべている彼は、なかなか人が悪い。

「で、では。 私は東方に赴任してきたばかりで、
 現在軍の掌握に、街の保安にと日夜取り組まねばならない状況で…」
「君がここを去ってから、別に大きな人事はなかったろうが?
 街も、治安の意味で言えば、以前良好のようじゃし」
 更に言葉に詰まるロイの様子を、さも嬉しそうに見ている。
「…一人身が長いものですから、何かと不調法な点も多く、
 とても、ご令嬢のように、ご両親の愛情に不服無く恵まれている方には、
 申し訳ないことと…」
「不調法だからこそ、奥方を持って整えるんじゃろうが」
 しらっと返される言葉に、ロイの米神に筋が浮かぶ。
「前途洋々の若いお嬢様が、私のような年嵩の者ではおかわいそうかと」
 ぶっすりと言葉を継いだロイに、大総統も、
 今度はうんうんと頷いて聞いている。
「そうじゃなぁ、君もいい歳まで一人身で来てて、
 今更若い娘ごさんと言うのは、少々欲をかきすぎじゃな」
 なにやら、癪に障る言われ方だが、ここは渋々でも頷くしかない。
「はっ、全くそのとうりで」
「だから、さっさと身を固めておけば良かったんじゃよ。
 そうすれば、選び放題じゃったのに」
「お言葉、身に染みます」
 得々と語られる言葉も、ここは我慢して拝領しておかねばならない。
 大総統も、今更ロイをどうこう出来ると思ってるわけではないだろう。
 以前の意趣返しの1つにと、思いついたに違いないのだから。 
 その後、結婚についてや、伴侶について、果ては子供の教育や、
 自分達の老後の話まで進み、漸く話の最終が見ててきた頃には、
 さすがに忍耐強い自分の限界にも近くなっていた。

「と、言う事で、話は進めておくからね」
 と、締めくくられた時には、思わずポーカーフェイスも崩れて、
 妙な聞き返しを吐いてしまった。
「はっ?」
「だから、今、話したじゃろうが。 伴侶を得て、家庭を築き。
 子や孫に恵まれてこそ、人生の幸せを得、醍醐味を得るんじゃ。
 なら、そのチャンスを逃すなど、愚かなことじゃろうが」
 大総統の言葉に、ロイは当惑を深くする。
「いや…、しかし、私は…」
 困惑しながら、曖昧な返事を返すロイを気にせずに、話を続けていく。
「女子だけでなく、男児もやはり、言われる内が華じゃよ。
 話も来なくなるまで、値踏みばかりしておっては、
 どんな色男も難が付く。
 そうならない間に、ある程度で手を打つ事も覚えねばな」
 チクチクと刺すようなセリフを混ぜながら、揚々と語られて行く話に、
 さすがのロイも焦りを感じる。
 このままだと、無理やりでも見合いさせられ、
 下手したら結婚式まで準備されかねない。

「大総統!!  お気持ちは十分有り難いのですが、
 私には、そのような気持ちは、一欠けらも、塵ほどもありませんので!」
 思わず立ち上がり、机に両手を付いて乗り出して言えば、
 老獪な大総統は、あっさりと了承した。
「そんな事は、もう十分わかっとるよ。 
 今更、君に話を持ち込んでも時間の無駄じゃろうが」
 ほっほっほっと高らかな笑い声を聞きながら、
 思わず醜態を晒した自分を恥じるように、腰を落ち着け直す。

 そして…
「勿論、君にじゃあない。 エドワード君にじゃよ」
 と、あっさりと爆弾を投下したのだった。
 瞬間、思考が真っ白の状態になったロイを放って、
 楽しそうに話を続けていく。
「大体、君と令嬢じゃあ、歳が違いすぎるじゃろうが。
 君も、今更、そんな若い嫁が貰えると思っているなら、
 ちとずうずうしいぞ。
 君の適齢期は、とうに終わっとるんじゃから、
 これから有ったとしても、こんな好条件なわけがないだろうが。 
 その点、エドワード君なら、これからじゃしな。
 君の轍を踏まさんように、わしが心して置いてやるのも、大切じゃからな」
 我が孫のことのように、心砕いている総統の様子からは、
 邪心は全く感じられず、純粋にエドワードの事を思っている事が伺えれる。
 衝撃から覚めやらぬロイが、茫然と言葉を呟く。
「エド…、エルリック少佐に…?」

「有無。 さっきも言ったように、ご令嬢も密かなファンとの事でな、
 1度話をしてみたいと強請られれば、そう邪険にも扱えんだろう?
 そこで、見合いとは言わんが、顔合わせだけでもと思ってな」
 嬉しそうに語る総統に、それまでは放心していたロイが、
 キッと険しい表情を浮かべて面を上げたかと思うと、
「お断りします」
 と、はっきり、きっぱりと断言する。 それも、かなり強めの口調で。
 そのロイの返答に、総統が目を瞠り、ロイを凝視したかと思うと、
 やれやれという風に、首を横に振り肩を竦める。
「全く…、わしが心配しておいて良かったよ。 
 君に任せていたんじゃ、彼まで行き遅れそうじゃ」
「そんなご心配は、全く無用ですので」
 こちらにも、コンマの隙も無く拒否を返す。
 そんなロイの様子に、呆れたように総統が話を続ける。
「君ね…。 大体、君が断れる筋の事ではないだろうが。
 一応、後見の君にもと話を伝えにきたんじゃが、
 話を進めといて、良かったわい」
 微妙な物言いに、ロイは思わず聞きとがめる。
「なんと…?」
「嫌なに、君がそう言うのではないかと思ってな。
 丁度、エルリック少佐の出張中にセッティングしといたんじゃよ」
 にやりと笑いながら言われたセリフに、ロイは唖然と言葉もない。
「少佐には、話してはおらんが、今頃、顔を合わせてる頃じゃぞ。
 君も、男の妬みはみっともないぞ、程ほどに控えたまえ」
 だから、話が来る間に見合いすれば良かったんじゃ、
 これからは、君ではなく、彼の時代じゃなとかなんとか、
 ロイにはどうでも良いような、良くないような捨てセリフを呟きながら、
 総統は放心しているロイを余所に、さっさと退出して行った。

 しばらくして、副官が上司の部屋を窺うようにして入ってきた。
「少将…? 総統がお帰りになられたのですが?」
 見送りもせずに座りこけている上司の様子に、責め50%、
 心配50%の伺いをしてくる。
 自分の問いかけにも反応の無い上司の様子に、訝しげに反応を探ってみる。
 まずは、相手の目の前で手の平を振ってみる……… 反応なし。
 「失礼」と断りながら、額に手の平を翳してみる……… 熱なし。
 同様に、脈も測ってみる……… 異常なし。
 しばらく、首を捻って考えてみるが、出た結論は1つ。
       『勤務に問題なし』
 そうなると彼女の行動は素早く、テキパキとお茶を片付け、
 机の上から、書類の束を運んでは、呆けている相手の前に、
 きちんとセッティングし、涙が出そうなほど有り難い事に、
 ペンまで持たせてくれる。
「では、期日も迫っておりますので、急ぎ取り掛かって下さい」
 と、休憩は終わりの合図を告げる。
 そこまで来て漸く、今の状況に頭が動き始める。
 現状を理解できれば、取るべき行動は1つ。

「中佐!! エルリック少佐に、すぐに連絡を」
 ロイの奇行にも慣れている副官は、ため息1つで、
 部屋の備えつきの電話でかける。
 二言三言話している間も、ロイはソファに座りながら、
 苛々と足踏みをして待ち構えている。
 相手との話が付いたのか、副官が受話器を置き、ロイに向き返って、
 報告を告げた。
「少将。 エルリック少佐は現在、総統夫人の開かれているお茶会に
 出席されているそうです」

 ちっと舌打ちをしながら、「呼び出せ」と短く命令すると、
 副官が首を振りながら拒否を示す。
「その間、誰であっても、取次ぎはしてはいけないと…大総統の
 厳命があったそうです。
 お茶会は、夕刻1700に終わりとなりますので、
 その後司令部に連絡を寄越すように伝言をしておきました」
 最後までそれを聞くと、徐に立ち上がり部屋を出ようとした相手に、
 冷たい静止の声が飛ぶ。
「少将、どちらに? まだ、本日の分さえ終わっても居ない状況で、
 部屋を…まさか、イーストを出よう等と御考えになっては
 おられませんね?」
 ジャキリと鳴る聞きなれてしまった音に、ロイは引き攣った笑みを
 浮かべながら、先ほど座っていたソファから書類を持ち上げ、
 文机に移動させては、素晴らしい速さで、決済を始めた。
 そのロイの様子に満足そうに頷くと、褒美の飴の代わりにと、
 良案を伝えてくれる。 
「定時までに書類が終わりましたら、急ぎ行けばセントラル行きの最終には、 間に合いますよ」
 その一言で、猛然とスピードが上がったのは言うまでも無い。
 部屋を出て、扉を静かに締めると、ホークアイはクスリと笑みを零す。
「不要の心配なのに、困った方ね」









 その頃、エドワードの方はと言うと…
 日頃の精勤を労ってとのお言葉に、招待を断りきれずに、
 数人の部下と共に、お茶会と称される催し物に参加を余儀なくされていた。
 現在の大総統の人徳の賜物か、集まった人々は、良心的で、
 人柄の良い人々ばかりで、変に驕った処もなく、
 それぞれの話に華を咲かせて楽しんでいるようすだ。
 エドワード達にも、ごく自然に接してくれ、不慣れな彼らにも、
 何かと気を配ってくれている。

「なんか、上流階級のお茶会とかって言われて緊張してたんですが、
皆さん親切で、食べるものも美味しいし、来た甲斐ありましたよね」
 部下の中でも、エドワードに1番歳が近い者が、
 ホッとしたように打ち明けてくる。
「ああそうだな。 俺も、ちょっと緊張していたから、
 こんな風な会で安心したよ」
「少佐でもですか?」
 部下は、小さく目を瞠りながら、エドワードの見返してくる。
「えっ? なんかおかしいか? 俺が緊張してたら…」
 何か驚かれるような事を言っただろうかと、首を傾げる上司に、
 慌てて弁明する。
「いえ、おかしいとかではなくて、そのぉ…、少佐なら、
 こういう催し物も馴れておられるだろうと思って」
「俺が? いーや、全然。 こんな機会なんて、滅多とないし、
 軍の式典とかの後のパーティーなら、何回かお供では行ったけどな」
 軍のパーティーともなると、まだまだエドワードでは寛ぐより、
 神経を張り詰めていないと難しい。 
 どこで、粗相をしてしまうか解らないのだ。
 自分が恥をかく分には構わないが、一緒に行った人や、
 司令部の評判を落とすのは、出来れば遠慮したい。
 断れる分は、出来るだけ断って来たし、自分の後見人も、
 余り参加をさせたがらないので、一人で招待されてとなると、
 今回が初めてになるわけだ。
 そんな説明をするエドワードに、一緒に参加した者達も、
 張り詰めていた緊張を、少しだけ緩める様子を見せる。

「お久しぶりですね、鋼の錬金術師殿。 今は、エルリック少佐ですわね」
 中心の輪から抜け出してき笑みを向けてくる気さくな婦人は、
 この国を代表するファーストレディーだ。
「おひさしびりです、大総統夫人。 今回は、身に余るお招き、
 誠に光栄で御座います」
 婦人の差し出す手の甲に、軽く口付けを返して、招待の礼を伝える。
 その後、供の部下達を紹介し、当たり障り内話を交わす。

「あら、ごめんなさい。 私だけが、少佐を独占していたのでは、
 他の皆様にも申し訳ないわね。 それに、他の皆様も、
 皆が東方のお話を聞きたがっておりますから、どうぞこちらに」
 会場の端に陣取っていたエドワード達を、中央に連れて行くと、
 招待客に紹介をして行ってくれる。 色々と紹介者をされて行く内に、
 今回の会の趣旨もわかってくる。 
 慈善に取りくんでいる者、教育に携わる者、医療を行っている者等、
 職業は様々だが、皆が国の為、市民の為に活動している者達が多く、
 この会は協賛者を紹介する場のようなものなのだろう。
 総統と婦人の心の在り方に、酷く感心しながら、
 人々の話に聞き入っていく。
 最初は、上司にくっついて動いていた部下たちも、
 自分に関心のある分野の話や、感心をもたれて話を請われたりで、
 楽しんで参加しているようだ。
 そこに、婦人が手招きする方に歩いていくと、この会場には、
 少々場違いな年頃の少女が立っていた。
「少佐、こちらはクレナッハ中将の末娘、アリーセ嬢。 
 アリーセ嬢、こちらはご紹介しなくても、ご存知よね」
 含みのある笑みに、少女は真っ赤な顔をして、恥ずかしそうにしている。  この場の空気が読めてないエドワード一人が、戸惑いながらも、
 紹介された少女に、挨拶を述べる。
「始めてお目にかかります、エドワード・エルリックと申します。
 どうそ、宜しく、アリーセ嬢。 お父様には、お世話になっております」
 ありきたりな挨拶を告げるが、嬉しそうに笑みを向けてくる少女に、
 やや違和感を感じながらも、作った笑みは消さずに保つ。
 その様子に得心がいったのか、では彼女をお願いねとの言葉を告げると、
 婦人は、さっさと去っていく。
 戸惑いを思い浮かべながらも、エスコートを任命された事は理解して、
 エドワードは彼女に飲み物を勧める。
 互いに未成年と言う事も有り、ソフトドリンクを持って
 戻ってきたエドワードを、少女は、中庭へと誘いをかけてくる。
 テラスの椅子にでも座るのかと思いきや、庭に降りて歩き出す少女に、
 エドワードが焦りながら、声をかける。
「アリーセ嬢、余り長く外にお出になるのは…、日もきついですから」
 そんなエドワードの制止の断り文句にも気にせずに、
 少女は嬉々とした表情で、答えてくる。
「エドワード様、アリーセ嬢なんて堅苦しく呼ばず、
 アリと呼んで下さい。 皆、仲の良いものは、そのように呼びますの」
 そうはきはきと答えられ、女性の扱いに慣れているとは、
 とても言えないエドワードは、おされ気味に返事をするのが、精一杯だ。
「で、私もエドワード様の事を、エドとお呼びさせて頂いても、
 宜しいですか?」
 それにも、駄目とも言えず、はぁ、別に…と間抜けな返答を返す。
 中庭に造られた小さな森の中に、庵が見えてくる。 
 どうやら、そこを目指しているらしいと解り、
 さすがに男女の機微には疎い彼であっても、
 この状況は少々拙いのではと思いだす。

「ア、アリーセ嬢…」
 焦りながら名を呼ぶエドワードの様子には、気を回すことは無いのか、
「アリと呼んで下さい」と言い切ると、腕を引くようにして、先を急がせる。
『ど、どうしよう…』
 エドワードの困惑も伝わらぬまま、庵に着いたエドワードが、
 中にいる人物に、更に目を丸くして驚く。
 
 中に入ると、アリは掴んでいたエドワードの手を離し、
 中に控えていた少女と、手を握り合ってはしゃいでいる。
「リア、連れてきたわよ! エドワード様、
 エドとお呼びしてもいいんだって」
「アリー、やったわね! 」
 興奮状態で、喜びを伝え合っている二人に、
 エドワードはかなりの疎外感を抱きながらも、
 どうやら身の潔白は守れそうだと、内心で大きな安堵のため息を付く。
 例え、誤解だとしても、こんな事が耳に入れば、どんな事になるか、
 想像もしたくない人物が一人。
 はしゃぎあっていたのも、一段落したのか、
 リアと呼ばれたもう一人の少女が、恥ずかしそうに挨拶をしてくる。
「お初にお目にかかります、リア・ベルネットと申します。
 父は、クラナッハ中将の下で副官をさせて頂いております」
 その彼女の名前にも聞き覚えがあった。
「ベルネット少佐の…」
「はい、父からはエルリック少佐のお名前は、よく窺っております。
 あのぉ…、私もエドとお呼びしても?」
 ここまで来ると、何となくこの二人のノリがわかってきて、
 笑みを作りながら、
「では、私もリアと?」
 と、返してやると、更に少女達の喜びを誘ったようだ。
「ど、どうしましょう…私、感激で死にそう」
 大袈裟にも、アリに凭れる様にして、自分の感動を伝える彼女に、
 アリは激励の言葉をかけている。
「しっかりして! こんなチャンス、もう2度と無いかもしれないのよ、
 私たちがしっかりしないと、エド様のお話を待ち焦がれている同士に
 申し訳がたたないわ」
 妙な激励の言葉は、エドワードは理解が不可能だったが、
 言われた本人には通じているようだ。
「そ、そうね。 この幸運を喜んでいるだけでは駄目よね。
 私たちには使命があるんだから」
 硬く手を握り合う少女を前に、エドワードは妙な生き物を
 眺めているような気分になる。
 その後は、二人の怒涛のような質問攻めに合いながら、
 時間が刻一刻と過ぎていく。 
 普通に答えているだけなのに、時折上がる感嘆の声や、
 驚きの声には、驚かされはするが、話自体は、軍の話でも、
 込入った話でもなく、ごく平凡な日常の話が中心だった。

「で、では、エド様が朝はお料理をお作りになられるんですね」
 それのどこが嬉しいのかはわからないが、キラキラと輝く瞳で告がれれば、 答えてやるしかない。
「ああ、少将はやっぱ忙しい身だろ? 
 それに、俺はもともと料理するのは好きで苦にならないからな。
 少将に合わせてると、朝食抜きとかになるから、身体も持たないし」

「お二人は、家ではどんな服装で過ごされておられるんですか?」
「えっ、別に普通のかっこうだけど…。 
 俺は戻ると大抵はTシャツとズボンとかかな。
 少将は、Tシャツはあんま着ないな。 
 まぁ、せいぜいポロシャツ位で、後は普通のシャツとスラックス」

「ね、寝るときは!」
 妙な勢いに、引き攣り、苦笑しながらも答えてやる。
「寝るときは、俺はシャツとかタンクトップと短パンとかかな。
 少将は、以外に几帳面だから、ちゃんとパジャマ着てるぜ」

 まぁ、どっちも何も着てない時も多いのだが…。 
 それは、この少女達には、秘密だ。

 そんな会話…なのか、身上調査のような時間が過ぎて、
 ふと見渡すと、そろそろ闇が近づいている時刻だ。
「やばい、そろそろ戻らないと、皆待ちくたびれてる」
 もう少しと粘る少女達を、仕事が押してるからと会場の方に連れて戻る。
「エド様、今日は本当にありがとうございました!
 この貴重な1日は、決して忘れません」
「私たちこれからも、エド様とロイ様を応援していくつもりですから、
 ぜひ、仲良くお過ごしになられて下さいね」
 別れを惜しむ少女達に、またイーストシティーに寄ったら、
 顔を見せなよと告げてやると、涙ぐんで喜ばれた。

 会場に戻ると、お茶会はとうにお開きになっており、
 後は個人の付き合いのある者達が、数人歓談を楽しんでる様子だ。
 エドワードの姿を認めた部下達が、ホッとしたように足早に近づいてくる。 その様子に、不穏な気配を感じて、エドワードも小声で尋ねる。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ、事件とかではないのですが、東方のマスタング少将から、
 何度もご連絡があり、至急連絡が欲しいと」
 何か緊急事態なのかと、気色ばんでいる部下達に、わかったと告げ、
 帰宅の準備を頼むと、会場に備え付けの電話を借りて、
 急ぎ確認の電話をする。

「遅くなりまして、エルリックですが」
『あら少佐? お茶会は楽しかった?』
 いつもと変わらぬホークアイの声に、
 取りあえず緊急事件ではないことは解った…と、なると。

『ごめんなさいね、出張中に。 電話をお待ちの方がお一人。
 少しお相手して上げてくれるかしら?』

「なんかあったっけ?」
 特に今回に、この後話す相手の機嫌を損ねるような事は
 なかったはずなのだが。
『いいえ、別にエドワード君には問題はないわ。
 それが聞きたいだけだと思うのよ』
 苦笑しながら語られているのだろうセリフに、
 エドワードも戸惑いながら返事を返す。

 しばらくすると、回線が中断される音が聞こえ、その後。
『連絡が遅い!!』
 のっけから、叫ばれた声に、受話器を離して持っていて良かったと
 心から思った。
「遅くなり申し訳ございませんでした」
 一応は、謝罪を告げる。
『一体、何をしていたんだね。 
 お茶会はとうにお開きになっていたそうじゃないか』

「はい、申し訳ありません。 総統夫人にエスコートを頼まれていまして、  少々時間を喰いました」
『エスコートだと? 総統夫人のか?』
 鋭いところを付いてくるロイに、エドワードは仕方なく正直に話す。
 出来れば、聞かせなくても良かったんだが…。
「いえ、クラナッハ中将のご令嬢と、ベルネット少佐のご令嬢のお二人です」
 そのエドワードの答えに、しばらく無言の時間が流れる。
 この間、この相手が何を思っているかは、
 付き合いの長いエドワードには嫌と言うほど、解っている。
 妙な誤解を招かないためにもと、口を開こうとするより先に、
 茫然と呟かれた相手の言葉が流れてくる。
『二人も…』
 その後黙り込む相手に、エドワードは焦って言葉を続ける。
「別に何も無いぜ。 ただ、話しただけだしさ。
 あんたが、気にするような事は、何にもなかったんだから」
『…妙な事を言うね。 私が気にするような事とは? 
 大体、おかしくないかね。 会もお開きになったと言うのに、
 時間が過ぎても話し込んでいたなんて、君らしくもない。
 まさか・・・』
 懸念されている事がどのような事かが察せれて、
 エドワードは必死に否定をする。
「いやマジ、なんもない。 本当に3人で話してただけなんだ。 
 ちょっとは、俺の言う事を信じろよ」
 途方に暮れながらも、言葉を信じてもらえるよう訴えるのに、
 相手もさすがに悪いと思ったのか、わかったと返事を返してくる。
 ホッと安堵したところに、更に追求の手が伸ばされた。
『では、何の話をしてたんだね?』
 思わずウッと詰まって、返事をするのにも躊躇が生まれる。
 二人で家とかならいざ知らず、こんな人様の多い場所で、
「俺とあんたの事」と言い切れるほど、エドワードの羞恥心は低くは無い。
「まぁ、それは色々…」
 その返答は御気にいらなかったのか、険しくなる口調で、
 問いただしてくる。
『どうしてそこで口篭るんだね? 何も後ろめたい事がないなら、
 ちゃんと話せるだろう?』
「帰ったら話すから。 もう、取りあえず変に勘ぐるのはよせよ。
 相手にも失礼だろ」
 聞き分けの悪い子供を叱るような口調で、そう告げると、
『君は私の心配より、そのご令嬢の名誉のほうが大切だとでも言うのかね!』 
 と、声を荒げて問い詰めてくる。
 もともと短気なエドワードの事だ、ここまで言われれば癇癪を
 起こしていても仕方ないだろう、昔なら。 
 が、今は… すぅーと深呼吸して気持ちを落ち着けながら、
 受話器の向こうで、やきもきしている相手を慮って、言葉を告げる。

「いいや、俺はいつでも、あんたの事を1番にしてるぜ。 
 明日には戻るんで、話は後でのお楽しみな」

 そう出来るだけ優しい口調で告げると、相手が何かを言う前に
 受話器を置き、苦笑しながら、先ほどの会話を思い出す。
 情けないと怒る事も出来たのだが、エドワードはそうはしなかった。
 出来なかったのは、自分が相手に甘いせいだろう。
 が、あんな哀しげな声で問い詰められれば、許すしかない。
 国軍の高官が、あんまりみっともない姿を晒しては欲しくないが、
 それを出すときは、自分の時だけなのだから。
 エドワードは微笑みながら、部下達が待つフロアーへと戻っていく。






「本当に何もなかったんだろうね?」
 抱きかかえるようにして、ソファーに座りながら、
 疑惑が晴れていないのか、そんな事を聞いてくる相手に、
 エドワードは鼻を摘み上げて言い返してやる。

「くどい! な~んもないって。 彼女達は、唯単に、
 俺たちの話を聞きたがってただけなんだからさ」
 そうはっきりと言い切るエドワードの様子には、
 確かにロイの思うような事はなかったようだ。
「が、それにしても、えらく気に入ったようじゃないか?
 時間も忘れて話しに付き合ってやったり、
 顔を見せるように声をかけてやるなんて」
 自分は真相を聞くまでは、苛々とし通しで、
 夜も碌に眠れなかったと言うのに、相手の少女達には、
 えらく待遇が良すぎるような気がする。

「拗ねんなよ。 可愛くないぜ、30もとうに過ぎたおっさんが拗ねても」
 からからと笑うエドワードの様子に、ロイは不服そうな表情を浮かべる。
「自分でも可愛くないのは解っている。 だから、心配になるんじゃないか。 もしかしたら、君も、本当は可愛い女性に心惹かれる事も
 あるんじゃないかと…」
 そんな馬鹿な事を、真剣に話すロイには、お手上げな気持ちになる。

「そうやって拗ねてると、十分可愛げあるぜ?」
 そう答えるエドワードに、ちらりと視線を向けると、
「可愛くないって言った」
 と、子供のように駄々をこねる。
 クスクスと笑いながら、もう1度言ってやる。
「いいや、十分可愛い」
 エドワードの笑いにつられるように、ロイも笑みを浮かべ、
 悪戯気な目つきで、問い返す。
「その少女達と、どっちのが可愛い?」
 その問いには、さすがにエドワードも絶句とするしかない。
 30歳を過ぎた男と、17歳の少女を比べて、
 どちらが可愛いと聞かれても…。
 目がからかうように笑っている。
 どうやら、ご機嫌は直り始めているようだ。
 では、ここで、最後の一押しを。

「可愛くても、可愛くなくても、俺はあんたの方がいい」
 
 その一言で、完全に機嫌を直した男は、嬉しそうに目を細めて、
 キスを強請ってくる。
 それに付き合いながら、瞼を閉じながら考える。
 あの少女達に優しく出来たのは、少しだけ嬉しかったからだ。
 自分達の事を語ることが出来て。
 どういう意図があったのかはわからないが、
 それでもエドワードには、十分のろけれる時だったと言うわけだ。
 こんな事、この男には告げれないが…。
 ゆっくりとかかってくる身体を受け止めながら、
 相手の重みを大切に抱きしめる。





《後日談》

 が、相手を宥めるのにも手間がかかる事もあり、
真相を聞かされたエドワードは、大総統に1通の手紙を送る。

『いずれ紹介する覚悟が出来るまで、悪戯は控え、しばし待たれよ。』と。

 それを読んだ総統は、高らかな笑い声を上げて、了承を伝え返したとか。 


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